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歌舞伎町のジャンヌ・ダルク その2 縦型社会の崩壊・横型社会の目覚め [好きな本、おすすめの本]

 

日本一のクレーマー地帯で働く日本一の支配人―怒鳴られたら、やさしさを一つでも多く返すんです!―

日本一のクレーマー地帯で働く日本一の支配人―怒鳴られたら、やさしさを一つでも多く返すんです!―

  • 作者: 三輪 康子
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2011/07/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

手に入れて読みました。

ビジネスの書棚に並んでいたのですが、ビジネス書としてしか読まないというのは、もったいないし、著者である三輪さんもがっかりしそうな気がします。

本の厚みと値段のバランスからいうと、少々高い気もしましたが、中身はそれだけの価値はあると思いました。(本の厚みと値段は相当あるのに中身がない本はたくさんありますからね)

 2,3カ所抜粋します。


 

確認しておきますが、私は極道の妻でも、レディースの総長でもなく、ただの「ホテルの支配人」です。

この間は「歌舞伎町未来会議」という歌舞伎町商店街の会議があり、そこでお話しさせていただきました。そのなかで、

「三輪さんにとっておもてなしとは何ですか?」と聞かれたので、

「命を張ることです!」と答えたらみなさん苦笑なさっていました。ビジネスに命を張るなんて大げさなと思うのでしょうね。での「命を張る」という言葉、実際に誇張でもなんでもないんです。されに聞かれてもこうお答えします。

「おもてなしとは命を張ることです」


当時、(三輪さんが支配人として着任した時・筆者註)最上階をヤクザが長期占有し、彼等はホテル内を我が物顔でうろついていました。

ときどきフロントに電話がかかってきて、いかつい声で「ちょっと包丁持ってきて」といった、ありえない要求をされることさえあったのです。ホテルの部屋はキッチンなどはありません。いったい包丁で何をするつもりなのでしょう。

もちろん、直接私がお断りしました。前途多難ということは一目瞭然でした。それでも前に進むしかありません。当時、私の原動力と言えば、ホテルのためというよりも、まず何よりもスタッフを守ってあげたいという気持ちだったような気がします。

(中略)

一生懸命働いているのに、恐怖で震えなければならないなんて、あまりに理不尽です。当時の残っていたスタッフはみんな仲間思いの、責任感のある人達ばかりでした。ただ、誰もが内心辞めたがっていました。でも、過酷な現場で自分が辞めてしまえば他の人に迷惑がかかる。だからこそ、踏みとどまって自分ががんばる。そういう人たちばかりでした。

そんな志のあるスタッフたちが、同僚が少なくなって負担が増えるなか、怒鳴られれば縮みあがり、目を真っ赤にしてぶるぶる震えます。誰もが極限状況にあるのは明らかだったのです。

私だってそうでなかったとは言いません。でも、スタッフたちのがんばりに応えるには、どうしたらいいだろうと考えた挙句、すべてのクレームは私に回すように、スタッフに指示を出しました。

 やると決めた以上、「やっぱりやめた」と放り出すことできない重責でした。

「三輪さん、クレーム対応には最初に出ちゃダメだ」と、アドバイスしてくれる企業の危機管理担当者もいらっしゃいます。でも、部下を最前線に押し出して、自分は安全なところにいる指揮官など、誰が信用してくれるだろうか、と疑問に思うのです。

人のエゴはよく見えます。上司って、いったいなんでしょう。

そう考えたときに、最初に出ていき、背中を見せることなくして、何が上司でしょうか。


 

いや~ほんとに凄いファイトと信念の持ち主です。

そしてMVP賞を取った理由として売上だけではなく、チームワークが評価されたからだそうです。彼女は、スタッフ総勢(外国人、障害を持った人を含む)100名の名前と入社年月日、家族構成が頭に入っていると言います。

また、彼女は自分の休日にホテルに行くことがあり、それは仕事がない日のほうがスタッフとゆっくり話せるからということです。

 

私はこの本を読みながら、従来のピラミッド縦型社会(階級制度≒身分制≒家父長制)が崩壊し始めていると実感しました。

三輪さん=支配人=上司=上に立って命令だけする人 ではないのです。三輪さんは支配人という仕事を分担しているチームの一員であって、その支配人という職責を命を張って果たしている、というなんだと思いました。そして彼女が同じチームの一員であるのフロント、清掃、駐車場などのスタッフを心から信頼している。そしてまたスタッフもそんな彼女を信頼している。

彼女のホテルのスタッフチームは限りなく横型社会なのだと思いました。

そして、つい先日、世界一となった、なでしこジャパンも限りなく横型社会だと思います。監督は奥様に「Wカップがんばって」と言われて、「僕が頑張るんじゃなくて、彼女たちがやるんだ、」と言ったそうです。

佐々木監督=上から指揮・命令する人  ではなく、監督という仕事を責任を持って担当している佐々木則夫さん(ノリサン)なのだと思います。チームの一人ひとりもFW、MF,GKなど持ち場を責任を持って担当しながら互いに信頼している。

 

こうしてみると、縦型社会では人間一人ひとりの持つ力はひどく制限され、ストレスをいっぱい抱える人間や誰にも認められなかったり、捨て置かれるような立場の人が出てくるのに対し、横型社会というのは、一人ひとりの個性が認められるので、可能性が限りなく広がって行くように思います。

 

一万年以上続いたと言われる縄文時代、この時代は横並びの横型社会だったと遺跡などからわかっています。

私たちは長い夢から覚めることができるかもしれません。

 

 


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「虐待する私を誰か止めて!」2 児童虐待と世代連鎖 [好きな本、おすすめの本]

 

 

子どもを虐待する私を誰か止めて! (光文社知恵の森文庫)

子どもを虐待する私を誰か止めて! (光文社知恵の森文庫)

  • 作者: 長谷川 博一
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2011/02/09
  • メディア: 文庫

 

「虐待する私を誰か止めて!」1 からの続きです。


 P34

世代連鎖とは親の持つ特徴が子どもに受け継がれていくことを指している。親の世代からこの世代への伝承が、親子のかかわりあいを生じるので、遺伝とは全く異なる心理的現象として理解されなくてはならない。

 世代連鎖とは、児童虐待を引き起こす要因の一つとして近年注目されるようになったが、連鎖は虐待だけに留まらない。しつけの方法や子どもとの遊び方、家事への取り組み方なそ、良い特質も悪い特質も、親子関係の全般が世代連鎖する。

「親から虐待されて育った子供は、必ず子供を虐待する親になる」と決めつけているわけではない。だが、虐待を受けずに育った人に比べ、虐待を受けた人の方がはるかに高い確率で虐待を子どもに再現しているという事実を、直視しようではないか。

 2001年に私が一般家庭の父母2千人に実施した「虐待の世代連鎖に関する調査」によると、子ども時代に「親から身体的・精神的に虐待された」(性的虐待・ネグレクトは除く)と判定された人のうち、親になって「子どもを虐待した」と判定された人の割合は、男子が69.4%、女子が81,1%であった。

 これに対して、子供時代に「虐待されなかった」と判定された人の場合、男子が32,9%、女子が41,7%に留まった。

 子ども時代に虐待された人とされなかった人で、虐待を引き起こす確率は男子で36,5%、女子で39,4%と大きく差がついた。将来に虐待を起こす危険度は、被虐待経験があることによって倍増するのである。

 幼児期に被虐待経験を持ちながらも、自らは虐待する親にならなかった人がいるのは事実だ。しかし、これは虐待の世代連鎖を否定する根拠に使うべきでなく、世代連鎖を起こさない要因を探るためにこそ、積極的に調べられるべきだろう。

 父親からひどい身体的・精神的虐待を受けながらも、自分の子どもには虐待しなかった女性と出会ったことがある。彼女の幼少期の話を聞いたところ、祖母が同居し、いつもそこに逃げこんで慰めてもらていたことがわかった。この女性のように、虐待を受けていた当時、子どもをかばい、理解する人物が身近にいたことが、虐待の連鎖を抑制することを指摘する声は多いのである。

 子どもにとっての重要人物が、虐待されている子どもに「あなたは悪い子ではない」とくり返し声をかけることで、子どもは一定の自尊心を育てることができるからだろう。スイスの精神療法家のアリス・ミラーは、この存在を「助ける証人」と呼び、その役割の重要性を説いている(「魂の殺人」新曜社))自尊心は、自分を脅かす存在を撥ねつけるために必要な力となるのだ。


親や周囲の人に否定され続けていると、「自分には何の価値もない」という気持ちが育ってまう。虐待といわれる程度のものになると本人の精神、心、魂に与える影響は計り知れない。社会的に未成熟な子どもの時期にそういう状況、自尊心が育たないという状況に置かれるということは、その後の人生に深く関わるものである。


 P36

 世代連鎖という思想は、研究者や評論家が虐待現象を理解する時だけでなく、それを克服しようとする人たちが使うことによって、真価を発揮する。

「あなたの過去がそうさせるのであって、あなたが悪い人だからではない」

 世代連鎖の思想は、力強くこう宣言するのだ。

この宣言は、それまで「自分が悪い」と思い込み、自分を大切にするという形で力を使ってこなかった人たちに対して、「心の流れ」「運命の流れ」を一変させるほどの、コペルニクス的転換(エンパワメント)をもたらすこともある。

 私がこの世代連鎖の思想を支持するに至ったのは「自己否定」に苛まれている人達との「臨床」(=人間的なかかわりあい)を重ねた末のことである。「私が悪かたんじゃない」の合言葉は、彼(彼女)達の自己肯定への歩みに確かな力を注ぐ。

それを私は何度も見ている。

それにもかかわらず、人間的なかかわり(臨床)からの提言を顧みることなく、世代連鎖という思想に嫌悪反応を示す批評家たちが一部にいるという現実には、ときとして悲しみすら覚える。

「もう大人なのだからいつまでも昔のことにこだわってはいけない。自分の力で克服していかなければいけない」

 これは世代連鎖の重さにきづいていない人が示す反応の典型である。医師やカウンセラー等の専門家でさえ、相談にきた親にこう助言している人が少なくない。

 虐待してしまう自分に悩む親の多くが、世間の目に怯え、自己嫌悪と罪悪感に苦しんでいる。その苦しみに追い打ちをかけるようなこの種の一見妥当な助言が、親たちにさらなるストレスを与え、かえって虐待を助長していることに気づいてほしい。

 世代連鎖という思想は、虐待の理由を読み解き、支援に乗りだすとき、支援者が身に備えておくべき重要な「道標」である。と同時に、カウンセリングにおいては専門的なテクニックを支える智恵でもある。

誤解されないために付け加えるが、「あなたは悪くない」と言うのは、けっして「今あなたがしている虐待が悪くない」と言うものではない。また世の中の全ての人が「あなたは悪くない」と言うべきだと考えているのでもない。

ときに「鬼」と呼ばれ、国民的批判の集中砲火を浴びる親のなかには、不器用だけれども精一杯に子育てしている親もいる。彼らに温かいまなざしを投げかける存在が、もう少し多くいればいいと思うのである。

 職業として親支援に関わる人たちがこの態度を身につければ、その意義は大きい。それが子育てに「負い目」を感じる人たちと、信頼関係を作るための土台となるからだ。

 親たちは周囲に怯え、これ以上傷つくまいとして「壁」を張り巡らせている。彼らがこの壁を打ち破ろうとするとき、隠れたり逃げたりすることなく自分を直視していこうとするとき、それを助ける支援者は基本的に温かくなくてはならない。

 さらに重要な点は、世代連鎖の考え方が、私たち支援者が陥りがちな「諭しの言動」を抑制してくれることである。

 情熱を注げば注ぐほど、なかなか見えない成果に支援者の方が「不快感をかき立てられてしまうことがある。そこへ「また子どもを叩きました」「子どもを置いて出かけてしまいました」など問題発言が続くと、支援者は「温かい寄り添い手」であり続けることができなくなってしまい、つい諭したり、叱ってしまうのだ。

 そんなときは心の中で反芻しよう。

「この人は努力してないのではないし、約束を軽く考えているわけでもない。それだけ悲しい過去があって、それがこうさせているのだ」

 世代連鎖の思想から生まれるこの言葉は支援者のなかに、粘り強く同伴する力を育てる。


 

私たち地球上にいる人類は、程度、内容の差こそあれ、世代連鎖のもとに生きてきたのではないでしょうか?

児童虐待・世代連鎖 という問題に、例え、直接的な支援者でなくとも、寄り添い、向き合うことができたなら、自己の内にある世代連鎖の楔に気付き、それを昇華させることができるのではないでしょうか?


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「子供を虐待する私を誰かとめて」1 [好きな本、おすすめの本]

 

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子どもを虐待する私を誰か止めて! (光文社知恵の森文庫)

  • 作者: 長谷川 博一
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2011/02/09
  • メディア: 文庫

素晴らしい本である。このような本が686円(税抜き)で買えるのである。見かけに騙されてはいけない。装丁が立派で分厚い本の内容がいいとは限らない。書店で山積みにされる新刊本のなかで本当に内容が濃くて良い作品はいったいどのくらいあるのか?大学や研究室の図書館にある書籍や資料の中で真に価値のあるものがどのくらいあるのか?

昨日、子どもを迎えに行ったついでに寄った、小さめのショッピングセンターの中の本屋で見つけてかった。最初の1ページを読んでいいと思いすぐ購入した。そしてそのまま昨日一気に読んだ。一気に読んだからといって内容が薄いわけではない。実に深い内容である。そしてそれはそのまま私がずっと考え続けてきたこととかなりの割合で重なり合っていた。

 著者は前書きの中でこう書いている。


 虐待に苦しむ親たちが、勇気を持って行政機関に相談したところ、言葉や態度によってさらに傷つき、わが子を前にして心理的に追い詰められていく事態が今も起きている。

 このような親たちは、「もう信用しない」「もう2度と相談しない」と口々に叫ぶ。助けを求めているのだが、そのやり方があまりに不器用なので、対応に当たる職員(社会)に誤って受け取られ、「SOS」の言動に「悪意」を読みとられてしまうという悪循環が生じている。

 私はもうこの社会はだめかもしれないと諦めかけていた。


 この辺りは本当によく理解できます。

私の場合は虐待ではなく、離婚して諸々の手続きに出かけたときに役所ですごい対応をされました。それは後から思えばまるでーあんたの勝手な都合で離婚したのに児童扶養手当(その他手当)をもらおうなんてそんな甘えた人達が増えるから、私たちの仕事は忙しくてしょうがないのよ!―と言われているようなものでした。今の私なら生活も落ち着き、気力は十分にありますから、そんなこと言われても、のらりくらりとかわしたり、理詰めで言い返すことも平気でやってのけるでしょう。けれどもその時は離婚でエネルギーを使い果たし、子ども二人抱えてこれから必死で生きていかなければみたいな時です。そんなときにそう言う言葉で追い打ちされたら、そりゃ~重症の役場アレルギーになります。

生活保護申請も同じことでしょう。ただでさえ自分の状況に失望・罪悪感・などを感じているのに「あなたの努力が足りない」みたいなこと冷たくいわれれば役場に助けを求めるなんてことできなくなるでしょう。

もちろん役場の職員も特にこのような部署に就く人達は予算縮小などもあり、本当に肉体的にも心理的にも大変で、疲れ切っている方も多いと思います。けれども、どこかでこの悪循環を断ち切らねばいけないと思います

では著者の続きに戻ります。

 


 そんな折(2010年の夏)私のところへマスコミの取材や雑誌などへの寄稿の依頼が相次いだ。これまでとは違い、「親のケア」「悩める親」がキーワードとなるような、親支援の視点に立脚するものが格段に増えたのである。

 一方で臨検(強制立ち入り)実施へのハードルの高さの問題性についても意見を求められ、虐待する親へのまなざしの「二極」が拮抗してきているとの新しい動きを感じたのだった。

 そのきっかけとして大きかったのは、大阪府西区のマンションに2人の幼いこども(3歳女児と1歳男児)を置き去りにして失踪し、死なせてしまった23歳の母親の事件である。2010年7月30日だった。

 3月から5月にかけて、大阪市子ども相談センター児童虐待ホットラインに「泣き声がする」「虐待ではないか」と度重なる通報がなされていた。5月18日には警察署員が玄関先まで訪れていたし、子ども相談センターの職員が訪問し、2度にわたって集合ポストに手紙を入れていたが、手紙を受け取りながら(逮捕後、手紙は室内のキッチンで発見されている)家に戻らなくなっってしまった。その手紙(内容の記載は控える)が若い母親を恐怖に追い込んだ可能性がある。子ども相談センターには大量の苦情が寄せられた。

 本件は虐待が十分に疑われ、危機介入を試みたにもかかわらず、助けられなかったケースの典型である。

 この母親は、長女の誕生前から子育ての楽しみをブログに綴るなど、愛情を示す行動をとっていた。しかし離婚(2009年5月)を契機に、飲食店に仕事にでかけるようになる(翌年1月には風俗店に転職)とそtれまでの愛情が枯渇してしまったかのように、子どもへの態度を豹変させてネグレクト(育児放棄)の状態に陥った。

 この母親も、育った実家(三重県四日市)がごみ屋敷のようだったことや、子ども時代に父親の知人に預けられたことなど、同じようなネグレクトの環境で育ったことが公表された。

(中略)

 虐待に走る親たちの特有のこころの働き方を理解し、その心と交流し、親自身の心の問題を緩和することで子どもと関係修復を図る。それを可能にするソフトを充実させるためには、長い時間(研修と経験)とそれを支える予算が必要である。

 スキルという物理的には見えないところに、予算はつかない。経済不況の昨今ならなおさらのことで、私の個人的な印象で恐縮だが、児童虐待についての研修を依頼される頻度は、この2,3年激減している。

「救えなかった」と何度か記した。

 児童虐待において「救う」対象となるのは子どもだけではない。子どもが救われれば、親が救われると考えることが重要である。

 通告によって、結果的に大事に至ることが回避できたとすれば、親を救っていることにもなる。わが子を死に至らしめた親のほとんどが、後で子どもを悼み、激しく嘆くのである。ゆがんだ愛情ではあるが、その強さと虐待(=恐怖を用いたコントロール)の激しさは、確実に関連している。

 親への「指導」「助言」を工夫すればよいというあさはかな姿勢で臨むとすれば親子の「絆」を前にして、支援者の善意の手は簡単に撥ね退けられるだろう。

 児童虐待という現象に、いまようやく社会は真剣に対峙しようとしている?

 そう期待していいのだろうか・・・・?

 


つづく

 

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大変わかりやすい税の本「悪税が日本を滅ぼす」 [好きな本、おすすめの本]

 

こういう本に出会えるからやっぱり読書は止められない。

悪税が日本を滅ぼす―元国税調査官が暴露する不公平税のからくり (新潮文庫)

悪税が日本を滅ぼす―元国税調査官が暴露する不公平税のからくり (新潮文庫)

  • 作者: 大村 大次郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/03
  • メディア: 文庫

 税金、政治、経済、あと数字が苦手な人でもこの本ならわかりやすいのではないだろうか?

それにこの本、400円なのです。お財布にやさしい。

著者は元国税調査官、このような本が書きたくてライターになったとあとがきにある。

 「格差社会は税金が作った」 の中から一部引用する。

昔から、たくさん稼ぐ人はいたのである。若くして成功する人も多かった。しかし、昔の成功者は、ヒルズ族の様な桁外れの富を手にすることはなかった。なぜかというと、昔は金持ちからそれなりに税金を取っていたから。1980年代までは、高額所得者はその収入の8割が税金として取られていたから。だから、成功しても莫大なお金を残すことはなかったのだ。

しかし、現在の高額所得者は、最大でも50%しか税金を取られない。しかも、株の売買益で儲けた収入は、どれほど多くても20%しか税金は課せられない。だから、彼等は稼げば稼ぐだけ、自分の懐に入れられるのだ。

 収入の8割が税で取られた、というと可哀そうな気がしないでもない。でもそれは何の苦も稼いでいる人に対してである。8割を税金に取られても、まだ何千万、何億の収入があるのだ。普通の人よりもはるかに裕福なわけだ。

 また金持ちがそれだけ税金を払っていたということは、昔の金持ちはそれだけ度量が広かったともいえる。

 そして、金持ちにこれだけの税を課していたからこそ、日本の社会は格差がなくやっていけたのだ。

ヒルズ族は時代の寵児などではない。昔からいた金儲けのうまい連中に過ぎない。そして今、彼らが手にしている莫大な富は以前は国民のものだった。

 

とまあ、こんな感じで非常にわかりやすい。税金を集金するほうにいる側だったから見える部分も大きいのだろう。

親なのでどうしても教育のことには敏感に反応するのだが、給食費、一食当たり900円かかっているというのには驚いた。

保護者が払う給食費は月額3900円。一食当たり230円。これは食材のみのお金であり、調理費や光熱費などの経費は税金で賄われていて650円、合計880円という高額になっているらしい。

しかし、栄養士が計算したりして手間がかかっているというもの、給食を作る施設には税金がかからない、一つのメニューを大量に作るからコストは削減できる、一定の「客」がいるから在庫コストはいらない。もしこの条件で民間のレストラン、食堂が900円の食事を提供するなら相当に豪華になるはずだと言う。

しかもこの高額給食費は全国の小中学校の平均、何故、こんなに多額の税金が使われているかというと給食関連費が地域の利権になっている。教育関係者などが自分の利権としてこの支出を牛耳っている。

市町村によっては、安くなるから外注しようとしたところ、教育委員会事務局からクレームがでて、できなかったという。

 自分はほかにも教科書(ワークブック)制服(ジャージ、上履き)に細部に至るまで利権があると推測している。制服など、生地はさすがに良いものを使っているかもしれないが、どうしても値段とはみあわない。しかし、高いからと言って買わないわけにはいかない。

 

給食の話に戻るが、本屋でこんな本も見つけた。

変な給食

変な給食

  • 作者: 幕内 秀夫
  • 出版社/メーカー: ブックマン社
  • 発売日: 2009/12/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

衝撃!爆笑!鳥肌もの!これがいまどきの学校給食だ!雑煮と食パン?黒糖パンに味噌汁?子どたちは大丈夫か?超ミスマッチ・油と砂糖責め・貧乏給食・お菓子給食・居酒屋給食。総勢73点、全国の変な給食を写真で紹介。

非常に恐ろしいことなのだが、もしかすると食材費まで手をつけて中抜きしているのかもしれない。きっとこんなことを言うと給食費を払わない親がいるから、費用が足りないのだという反論がきそうだが、以前も書いたが給食費を何で払えないのか、正確に調査したらいいと思う。私は払わないではなく、本当に払えない人の方がかなり多いのではないかと思う。

そのような親たちも毎日生活するのに消費税を払っているのだから、何らかの救済方法をとるべきであろう。ちなみに消費税は貧乏人ほど高い税率になる。いわば逆累進課税である。

 

ということで、話はあちこちにいってしまった。

「悪税が日本を滅ぼす」 この本の中にはこれはそう思えないな~という部分もあるにはあったが、一読することお勧め。自分は物事を難しくわかりににくくしてしまう人よりも、なるべくいろんな人にわかりやすく説明してくれる人の方が好きである。(短絡的なのは困るが)逆に物事を難解にしているのは、隠したいこととか、嘘が嘘であるのを見抜けないようにしているのかな~と感じてしまう。

 


タグ:税金 給食 税制
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「現職警官裏金内部告発」 [好きな本、おすすめの本]

ずっと読みたい本だったけれど、図書館の順番待ちでやっと読めた。結構本を読む私はすべて購入しているとトンデモナイ金額になるので図書館は常連。半年くらい待ったかな~

現職警官「裏金」内部告発

現職警官「裏金」内部告発

  • 作者: 仙波 敏郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/04
  • メディア: 単行本

 

ネット記事などで大体中身の予想はついていたが、じっくり読んでみるとその壮絶さに驚かされる。巨大な組織に挑むということがどれだけ大変なことなのか。「沈まぬ太陽」の場合もそうだけれど組織的な構造悪に染まらず、なびかず、自分の信念を貫くことがどれだけ大変な事か。

仙波敏郎さん本人だけでなく、家族も共に闘ったのだと思う。そしてその犠牲は大きかったのかもしれない。けれど、それが本当の家族の姿であろう。そしてその後仙波さんを助けることになる勇気ある友人たち。

この本を読んでいると、人間というものに希望をもつ。

警察の裏金構造はピラミッド構造だ。頂上に近いところにいる人間ほど多額の金を手にする。底辺に近い人間は捜査費、弁当代、出張費などを搾取され、偽領収書も書かされる。それでも声を上げないのは「組織の皆がやっていることだから

この認識は恐ろしく危険なことだ。皆が見て見ぬふりをしているから、皆がいじめているから、皆が盗みをするから、皆が争い、殺しあうから、どこまでもいく可能性がある。それがこの世を支配するものも狙いだが・・・

この頃、騒がれている政治献金の問題もそうだろう。厳しく追及していけば国会議員の大半が黒であろう。

世の中に「裏金は必要だ」と思っている人も少なくないし、「政治に献金は必要だ」と思っている人も少なくない。献金とは自分の利益が帰ってくると期待するものである。

お金を貰えばそのお金を貰った主に対して不利になることはできないのが当然。警察がヤクザなどから金や贈り物を貰い、見て見ぬふりをするのと同じである。

警察の裏金構造は日本社会の縮図でもあり、世界の縮図でもある。ピラミッド構造の頂点にいるものが莫大な富を掌握しているのであり、底辺の人間はむしり取られている。

この構造をおかしいと気づかない限り、知らぬ間に闇の仲間にされているのだ。搾取する側であろうと搾取される側であろうと。


タグ:警察 裏金
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